国際人はひとつの常識や価値観にしばられない生き方ができる

常識

国や地域によって常識や価値観はちがいますよね。国際人とはひとつの常識や価値観にしばられない生き方をする人でもあります。

もくじ

日本のあたりまえは日本だけのもの

日本の常識と海外の常識のちがい

日本人ならば「あたりまえの常識」というものがありますよね。

たとえば友だちとの約束に15分ほど遅れそうになったら、大抵の日本人は少し遅れることを友だちにスマホで連絡するとか。

しかし、国によっては約束の時間の30分後に何食わぬ顔してやってきて謝ることもない、ということもあります笑。

それは彼らにとって失礼なことではなく、30分ぐらい遅れるのは大したことない、という感覚です。

日本人が非常識だと感じることも、国や文化圏がちがうと非常識ではないのですよね。

はじめは戸惑う海外の常識

海外に住んだことのある人は誰でも経験があると思いますが、日本以外の国の常識や習慣は日本のそれとは大なり小なりちがいます。

常識や習慣などがちがうことに最初は当然、戸惑うことも多いです。

たとえば生活の中での「日本と海外の大きなちがい」とは具体的にこんな感じです。

2023年現在、日本はオンラインショッピングの配達時刻を2時間おきに指定できますが、そんな便利な国は日本以外にはなかなかないと思います。

子ども達が住んでいるヨーロッパの国々では、配達時刻指定なんて贅沢なものはなくて「朝9時~夕方5時の間に届くので家にいてください」という感じです。午前か午後の指定さえもないのです。

しかも娘の住んでいる地域は朝9時から夕方5時まで出かけずに待機していても商品が届けられなかったりということもふつうにあるそうです。

日本の常識は日本だけのもの

それに比べて日本はなんて便利なんだろうと思います。

配達時刻を2時間おきに指定できて、しかも配達時刻をほんの数分過ぎるような遅延で配達員の方が電話をかけてきてくれて「少し遅れます!」と謝罪まで・・!

その他のことも同様に、日本であたりまえのことが海外では全くあたりまえじゃないというケースは他にも数えきれないほどあります。

国際人はひとつの常識や価値観にしばられない

上の例はほんの一例ですが、すべてにおいて海外では日本の常識は通用しないので、否が応でも「ちがい」に対して順応性を持つことになります。

というか、順応性がないと海外での生活はかなりストレスがたまります。

一方で、いろいろな場で常識や習慣のちがいに順応していると、自然に許容範囲が広くなります。いわゆるキャパが広くなっていきます。

「日本の常識は世界の非常識」なんて言葉を聞くことがありますが、これは日本の常識を批判しているのではなく「所変われば品変わる」という意味だと思います。

「ちがい」に対して寛容になると「ちがい」に対してストレスを感じにくくなる

常識や価値観がちがうことを理解するようになると「ちがうことがあたりまえ」という感覚になり、「ちがい」に対してストレスを感じにくくなっていきます。

物事に対してゆるい感覚を持つようになるというか・・そして、それは自分自身にとってとても良い影響を及ぼすと思います。

自分なりの常識や考え方をもつ大切さ

逆に、常識や価値観の「ちがい」に寛容になると同時にとても大切なことは「自分の常識や考え方をしっかり持つ」ことが大切になります。

生まれた国の常識や価値観、住んでいる国の常識や価値観、多様な常識や価値観の中で、自分はここではどのような行動を取れば良いのか?何を選べば良いのか?を自分で判断しなければなりません。

言い換えれば、自分なりの常識や考え方をしっかり持っていればいかなる状況にも応じて行動できるようになります。

国際人になると生きるのがラクになる

極論かもしれませんが、「自分の常識や考え方」と異なるものを受け入れると断然、生きるのがラクになると思います。

  • 自分なりの常識や考え方をしっかり持つ
  • 自分とは異なる常識や価値観に寛容になる

この2つにより、今おかれている状況を俯瞰的に見ることができ、そして次に「自分に合った環境を選ぶ力も育つ」と思います。

まとめ

ひとつの常識、ひとつの価値観にしばられることのない生き方な自由を手にしていることでもあります。

国際人はいろいろな常識や考え方、価値観にふれていくうちに次第に自分も自由な発想で物事を考えるようになります。

そしてそれは自分の許容範囲が広くなり(キャパが広がり)、生き方がラクになっていくと思います。

結果的に自分なりの常識や価値観を持って自分が最も居心地の良い環境を見つけやすくなると思います。

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